「私の『イチオシ』収穫本」
ほぼ2か月に1回、『週刊ダイヤモンド』の書評コーナー「私の『イチオシ』収穫本」の担当がまわってきます。
佐藤優氏の3冊短評コーナーと書店員が紹介する書評コーナーに挟まれて、下欄には過去の「名作」を紹介するコラムもあり、本紹介については中々に充実した雑誌だと思います。他の評者は玉井克哉氏、吉崎達彦氏、河野龍太郎氏など計8名、経済・経営だけに限られない形で色々な本が紹介されています。
早いもので、もう1年半ほど、計11冊の本(次回に取り上げるものを入れれば計12冊)を紹介してきました。約1000字の紹介なので、突っ込んだ書評はできないのですが、書評をする上で何点か自分なりの約束事のようなものを設けています。
1.基本的には「けなさない」
「書評というのは7割は褒めるものだ」という発言に、学界のある先輩は「いや9割褒めて1割けなすんだ」と返していました。私はそれ以上に、書評というのは(研究レビューでない限り)基本的には褒める、もっといって「良書」を紹介することにあると思いますから、自信を持って進められるものしか取り上げないことにしています。けなす位だったら、最初から取り上げない方がいいということです。もちろん、内容はいまひとつに感じられても、その本が公刊されることの意義があるというのはあり得ますから、そうしたものも視野に入ってきます。
2.基本的には「訳書」
出版不況と言われて久しいですが、それゆえに、書籍の発行点数は増える一方で、『出版指標年表』によると、近年では年間8万冊が発行されているとのこと。これは1970年代と比べて、倍以上の点数です。
「私の『イチオシ』収穫本」のコーナーは、多くの新聞書評などと違って、自分でを選ぶこと、それもだいたい過去3か月以内に発刊されたものを前提とすると担当編集者から言われています(ちなみ新書も対象外とのこと)。8万冊全てがが書店に並ぶわけではありませんが、札幌や東京での大型書店の新刊コーナーを全部回って、一冊を選ぶというのは至難の業です。
そこで私が担当する本は、基本的に「訳書」、それも専門の近接分野(人文社会科学のもの)という限定をかけることにしました。
訳書にするというのは、日本の翻訳文化を少しでも応援したいという意味もあります。自分が海外事情の紹介を生業のひとつにしているということもありますが、日本人の頭の中の半分は輸入ものです。とりわけ、人文社会科学に関わる言葉の多くは日本語に翻訳されてきたものです。この世界をいかに豊穣なものにしておくか、つまりは訳書を出版することができるかどうかは、これからの日本の知的体力を維持していくためにも必要ではないかと考えるためです。
忙しくなって、洋書を読む時間が以前のように中々確保できないのですが、そういう時に母国語で海外のものが読めるというのは、とてつもない特権だと感じることがあります。これだけ翻訳文化が発達している国は世界でも珍しく、それは守っていかなければならないものだと思っています。
さて、以下では過去に紹介してきた本を、新しい順から、改めて簡単に紹介していきたいと思います。
「リーマンショック以降も続く現代資本主義の"因果的危機" シュトレーク『時間かせぎの資本主義』」『週刊ダイヤモンド』2016年5月21日号
シュトレークは、政治学者であれば多くの学者が知っているであろう、(西)ドイツ生まれのアメリカで長く教鞭をとってきた政治経済学(もっと正確にいえば経済社会学)を専門とする研究者です。中でも新制度論的な分析と現代資本主義分析をつなぎあわせた所に、その特徴があるといえます。その彼が、アドルノ賞受賞記念の講義をしたものをベースにした本がこれです。1970年代の経済危機から紐解いて、その後の80年代の新自由主義、90年代の「民営化されたケインズ主義」、そしてリーマンショックという3つの経済危機に一貫したものをみている点は読みごたえがあります。その上で、ユーロは解体されるべき、などとする点は、意見が分かれるかもしれません。
「ルゴフ『プロヴァンスの村の終焉』 南仏の”楽園”を題材に描き出す現代化と共同体が抱える危機」『週刊ダイヤモンド』2016年3月19日号
「南仏プロヴァンス」というと、ピーター・メイルの本の影響もあって、どこか楽園的で底抜けに明るい土地を思い浮かべるかもしれません。ただ、実際に長期に定点観測してみると、近代化を余儀なくされて、よそ者と昔からの居住人との軋轢も生じ、ますます地域の独自性、もっといって、独自性がますます何かが解らなくなる、という長年の経緯があることがわかる、ということを社会学者が説き起こしています。地域おこしをしようとして、ますます住民から乖離していく、なんて現象は日本でもみられると思いますが、この本の優れているのは、副題の「フランスのある歴史」とあるように、地域共同体のミクロな話が、実際には国全体のマクロな話とパラレルな関係になっていることにあります。これだけの長編を明晰な日本語訳にした訳者の労も多かったと思いますが、プロヴァンスに行かれる際には、是非旅のお供に。
「現代社会学の泰斗が表した”欧州”の将来を見据える著A.ギデンズ『揺れる大欧州』」『週刊ダイヤモンド』2016年1月23日号
世界的に社会学界をリードしてきたギデンズの時事評論集です。トピックは、EUからエネルギー政策から、移民問題、安全保障政策と多岐にわたっていますが、今のヨーロッパが抱える問題を手際よくまとめています。データを重用する所はギデンズならではの部分もありますが、それはそれで便利です。
「『緊縮策という病』"緊縮策"という思想を縦横無尽に読み解く考察の書」『週刊ダイヤモンド』2015年11月21日号
日本にいると余り実感しないかもしれませんが、今の欧州は(ドイツを除けば)すさまじい緊縮策をやっています。それが様々な政治的・社会的なラディカリズムの土壌ともなっているように見受けられますが、こうした緊縮政策の欧米での違いと、緊縮策という経済思想がどこから生まれてきて、それがどのように実践されていっているのかということを20世紀史として解説したのがこの本です。訳がやや硬いので読み易いとはいえませんが、時代限定的で文脈依存的な緊縮策がなぜかくも影響力を持つようになったのかを知るには必読の本です。
ちなみに、本の内容についてブライス自身による、ものすごくわかりやすい説明がyoutubeにありました。
なお、書評でも書きましたが、ブライスはいわゆる「アイディアの政治」の中では必ず言及される研究者で、ケインズ主義政策を扱った主著『大転換(the great transformations)』の翻訳も待ち遠しくあります。
Great Transformations: Economic Ideas and Institutional Change in the Twentieth Century
- 作者: Mark Blyth
- 出版社/メーカー: Cambridge University Press
- 発売日: 2002/09/16
- メディア: Kindle版
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『独裁者は30日で生まれたヒトラー政権誕生の真相』ナチ政権誕生の分岐点を詳述」『週刊ダイヤモンド』2015年9月26日号
こちらは、ナチス研究で有名なターナーJr.による、比較的以前に公刊されいた本の訳出です。ナチス政権は1933年1月に誕生するわけですが、それに至る1か月間を、非常に密度の濃い、まるで演劇をみるかのような形で、展開する歴史書です。ナチスが生まれたのは権力の奪取よりも、その前提となる権力の真空があったとするのが一般的ですが、その真空がなぜ生まれることになったのか、パーペンやヒンデンブルグ、シュライヒャーといった「名脇役」たちともに、詳述されています。挿入されている彼らの挿絵(写真)もあって、手に汗握る歴史書です。
『国際協調の先駆者たち』問題解決のための精神である”国際協調”の本質を問い直す」『週刊ダイヤモンド』2015年7月20日号
この間、『暗黒の大陸:ヨーロッパの20世紀』と『国連と帝国:世界秩序をめぐる攻防の20世紀』が翻訳されたマゾワーの本です。国境を越えた問題が増えれば増えるほど、国際協調が逆説的に必要なるということを、数多くの事例から、まるで同時代史を書いているかのような密度で、書いています。面白いのは、とかく国連やら国際機関といった公式的組織に注目が行きそうな領域にあって、数々のプライベートアクターを紹介していることです。考えてみれば、歴史は昔からプライベートな主体の方が国際協調に熱心であったという事実に気付かされます。彼のほかのものもそうですが、読んで損は絶対しない一冊です。
「『失われた夜の歴史』「夜が暗闇だった時代」人々の生活はどうだったか」『週刊ダイヤモンド』2015年5月30日号
たまたま手にとった本でしたが、読み進めるうちに引きづり込まれました。16世紀から産業革命までのイングランドを中心とした、「夜」に焦点をあてた民衆史です。どのように人々が「闇」を知覚したのか、利用したのか、生きたのか、ということを日記などを通じてビビッドに再現しています。「明かり」が一般的になる前には、夜になればみなが平等だったという世界を垣間見ることができます。他人の夜の生活をナイトビジョンをつけてみているような快感もあります。こういう本こそ、もっと翻訳をされて欲しいと思います。
世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方
- 作者: ドネラ・H・メドウズ,Donella H. Meadows,小田理一郎,枝廣淳子
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2015/01/24
- メディア: 単行本
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「『世界はシステムで動く』 システム思考についての”原論”」『週刊ダイヤモンド』15年3月28日号
「ローマクラブ」の報告書を書いたことでも知られるドネラ・メドウズの本です。システム思考とは、全体を構成する各要素の連関を認識することということになりますが、これを人材育成や学習メソッドに応用するコンサルタント会社の方々が訳出しています。そう書くと、ビジネス経営に偏った本か、と思われがちですが、メドウズの視点は環境問題含めて、「どうしようもなくつながってしまっている私たち」の社会を透視するのに、とても有益です。マスターするのはそれほど簡単なことではないかもしれませんが、経済にはもちろんのこと、政治にも応用できる考えです。
「『なぜ大国は衰退するのか』「大国の興亡」の仮説に反駁「制度的な停滞」の謎に迫る」『週刊ダイヤモンド』15年1月31日号
著書の1人のハバードは、先のブライスの本で批判されていますが、このドキュメンタリー映画でも、利益相反があるのでは、とインタビューされています。本の内容は、簡単にいうとい財政赤字と民主主義圧力が大国の衰退の決め手となった、ということを古代ローマから現代の日本にまでをケースに論じるものです。そこまで色々と論じると、余りにも変数が多すぎて何が何だかという気もしますが、ケースの多さでそれをカバーしています。このように機械的に歴史を処理してしまうところはアメリカの経済学者ならではという所もありますが、ハバードはG.Wブッシュ政権で大統領経済諮問会議の議長でもありました。このレベルの経済学者が実務に携わっている点は、さすが、といった感じでしょうか。
反逆の神話:カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか
- 作者: ジョセフ・ヒース,アンドルー・ポター,栗原百代
- 出版社/メーカー: エヌティティ出版
- 発売日: 2014/09/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「書評『反逆の神話』――”カンターカルチャー”の矛盾を解体・批判する好著」『週刊ダイヤモンド』2014年11月29日号
これまた、主著のほとんどが翻訳されたジョセフ・ヒースの代表作の一冊です。彼の『啓蒙思想2.0』(NTT出版)は、昨年度にゼミで読みましたが、好評でした。内容はといえば、タイトルにある通り、1960年代のカウンターカルチャーが消費資本主義の論理にいかにすり替わっていったのかということを、自虐的かつ批判的に紹介している本です。ヒースの上の世代の「政治的ごりごりだけどいい加減感」への嫌悪がこの本を書かせたのだと思いますが、日本でも、「個人」を軸に、いわゆるリベラル左翼とネオリベ保守が結びついてしまうような構造とも親和的です。そうした自己省察があるという意味で、知性を感じさせる一冊です。ヒースの名前は日本でももっと知られてもいいかもしれません。
さて、次回の本は、何にしましょうか。