【転載】リベラリズムの歴史的な綻び

  多くの先進国で、いわゆるポピュリズム政治が常態となりつつある。国よって差はあるが、右派ポピュリスト政党が新たに獲得している主な支持者は労働者層である。「ラストベルト」という言葉に象徴されたように、1970年代以降の製造業の衰退は、左派の金城湯池だった旧鉄鋼・炭鉱地域が、米トランプ支持へと流れる原因を作った。フランスの国民戦線(現在は国民連合へと改称)、スウェーデン民主党オーストリア自由党など、西欧極右の最大の支持者階層は、労働者層だ。イギリスの労働党、ドイツの社民党からの労働者層の離反とポピュリスト政党への支持増も綺麗に相関している。


 ドイツの思想家ベンヤミンは「ファシズム台頭の裏には必ず革命の失敗がある」と言ったが、つまりポピュリズム政治の成功は社民の凋落と表裏一体の関係にあるのだ。労働者層が左派政党に投票する割合を示す「アルフォード指数」は、1960年代以降、西欧では一貫して下落している。英エコノミスト誌の試算では1970年から2015年までの間、西欧社民は1980年代前半および90年代後半から2000年代前半にかけて得票を伸ばしたが、その後、2割以上も減らしている。周知のように、ここ数年の国政選挙では、オランダ、フランス、ドイツの社民政党は戦後最低の議席数へと衰萎した。労働者層と社民政党の紐帯は解け、ポピュリズムが結びなおそうとしている。

 では、欧米の労働者はなぜ右派ポピュリズムへと傾斜するのか。1950年代末、政治学者リプセットは、日本を含む各国の労働者層は経済的にリベラル(再配分と保護主義支持)である一方、社会的価値観においては権威主義的・非寛容であることを意識調査でもって証明し、これを「労働者層の権威主義」と名付けた。とりわけ単純労働者層は、十分な教育を受けておらず、不安定な地位に追いやられることから、「長いものに巻かれろ」と、権威に従う傾向を持つという。こうした観点に立てば、「反グローバリズム」と「文化的権威主義」を掲げるポピュリズム政治に労働者が靡くのは故なしのことではない。

 それでも戦後期に先進国の民主主義はなぜ安定と成熟をみせたのか。リプセットは経済的な平等を求める階級闘争が、結社の自由や基本的人権といったリベラルな価値と結びついていたからだという。そして戦前の反省に立った戦後の「階級均衡デモクラシー」(網谷龍介)は、こうした民主的価値を積極的に制度化していった。言い換えれば、社民政党労働組合が、放っておけば互いに反発するかもしれない労働者と民主的価値をつなぎとめる役割を果たしていたのだ。

 こうして20世紀後半、歴史上はじめて完成した労働者階級とリベラルな価値の邂逅は、後者が前者を守ることができなかった時点で崩壊する運命を迎えることになった。それは、冷戦が終わった90年代、欧米の社民勢力が政治的にリベラルな価値を守りながらも、経済リベラルであることを止め、国際競争と市場開放を選択したことの不幸な結果でもあった。ここにポピュリスト政党が漬け込む余地が生まれたのだ。

 日本でも、製造業や公的部門の雇用者数は、欧米と比べれば弱いペースではあるが、中期的には減少しつつある。ポピュリズム政治の伸張が投げかけているのは、産業構造や労働様式の大きな変容の中で、戦後民主主義の発展と安定をもたらした経済リベラルと政治リベラルの関係をいかに再構築できるのかという、歴史的な問いでもある。例えば、複数の意識調査が明らかにしているように、日本の若年層の政治意識はかつてと大きく異なり、より権威主義的、保守的になっている。この事実は日本政治も大きな地殻変動を被る可能性を示唆しているのかもしれない。

 不肖、この度北海道地方自治研究所の理事を拝命した。綻びをみせはじめた関係を新たに築く方途として何があり得るのか、微力ながらも知恵を絞りたい。

 

(『北海道自治研究』2018年6月号より転載)