テロと左派、フランスより。

先のマイケル・ウォルツァーの論考「イスラム主義と左派」に続いて、Slate.frに掲載されたフランスの政治学者ローラン・ブヴェの「シャルリ・エブドという最悪の事態を二度と生まないために必要なこと」をシノドスにアップしてもらいました(岡本託さんとの共訳)。 

 


シャルリ・エブドという最悪の事態を生まないために必要なこと / ロラン・ブヴェ / 政治学(翻訳 / 岡本託、吉田徹) | SYNODOS -シノドス-

 

※なお、ウォルツァーの論考は訳についての指摘を何点か頂いたため、その検討を含めて現在ブラッシュアップ&オーバーホール中です。近日中に再度アップすることになるかと思いますので、いましばらくお待ち下さい。

 

ブヴェの論考はフランス版Slateに寄せられたものですが、先のウォルツァーのものと同様、イスラムフォビアと左派との関係を指摘した上で、宗教的ラディカリズムと政治的な自由との兼ね合いを遡上に載せるものです。

 

なぜイスラムないし宗教過激主義と左派の関係を問わなければならないのか。論点は多岐に渡りますが、一連の翻訳をした中にはひとつの問題提起がありました。

 

現代においては、左派と保守(右派)を分ける大きなメルクマールのひとつが個人の行動基準をめぐってのものです。例えば、青少年犯罪や専業主婦についての議論などに典型ですが、個人選択は個人の選択なのか、社会的環境や条件によるものなのか、という判断によって、対処すべき方法が異なります。

 

多くの場合、左派は社会的環境や条件が個人の行動を導くものだから、個人を断罪するのではなく、まず環境を改善しなければならない、と論じます。他方の保守は、個人の自由には義務が生じるのだから、そのためだけに社会環境を変化させる必要はないだろう、と論じます。少年犯罪があったとして、経済社会問題としてみるのか、あるいは厳罰化を主張するのか、といった違いです。

 

これは、とりわけホームグロウン・テロの場合にも当てはまる議論です。

テロを起こした人間がいるとして、それは社会の問題なのか、本人の問題なのか。

 

左派が、それは社会の問題だといった場合、しかもそれが彼らがマイノリティだからだ、といった場合、どうしてもテロ擁護の雰囲気を漂わすことになります。しかも(ここははしょって論じますが)、もし社会的環境を変えなければならない場合、宗教的なものに対してどう対処するのかを明示しないとならず、マイノリティの宗教への権利と宗教の中身との関係にも踏み込んで論じなければなりません。

 

テロの問題をめぐって、突きつけられている問いのひとつはこうしたことなのでしょう。実際、日本でも問題は異なれど、同じような言説がいつも再生産されています。テロの政治的機能のひとつとして、恐怖を与えるというだけでなく、敵意を増産させて、政治的な友敵関係を作り上げ、踏み絵を踏ませるというものがあります。左派はこうした状況にどう対処するのか、すべきなのかーーこうした問いについては、無意識の上で論じられていても、そうした土壌の上で論じなければならないということについて意識して、言説を作っている論者は日本では中々見受けられません(いないわけではありません)。

 

ちなみにテロが人為的に作る友敵関係については、やや劇画的ですが、この映画がものすごく端的に表象しています(ハリウッドで入りやすいし)。 

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 それゆえ、ホームグロウン・テロについて敏感でなければならず、宗教的なものについても現実の問題として抱えている海外の論にヒントを求める、ということになりました。

 

なお、今回リサーチしたのはアメリカの雑誌中心で、New Republic,Nation,The Atlantic, Dissent, The New Yorker, New York Review of Booksなどでした。その中で目に留まったのが、Dissent誌の編集に長く携わっていたウォルツァーの論考でした。

 

フランスのメディアの方が馴染みがありますが、逆に知りすぎていて、全部をリサーチする訳にはいかないので、個人的に学者、研究者、ジャーナリスト等にメイルを出して、事件についての論考で気に入ったもの、注目すべきものがあったら教えてくれるよう、お願いをしました。その中で出てきたのが、冒頭の論考です。

 

さて、このローラン・ブヴェという政治学者の名前を聞いたことがある人は日本では(専門家でも)ほとんどないかと思います。

 

彼は98年に博士号をとった後に、10年ほどニース大学で教鞭をとった経歴を持っていますが、その博士論文はピエール・ロサンヴァロンのもと、アメリカの自由主義についてのものでした。ロザンヴァロンがアメリカの自由主義について感心を持ち始めたのが90年代以降ですから、それと軌を一にしている知的変遷だろうと推測されます。

 

また、彼の名前はもしかしたらフランス社会党の理論誌『社会党レビュー(Revue Socialiste)』編集長として、あるいはやはりロザンヴァロンが立ち上げた知的交流グループ「理念の共和国(Le Republique des Idees)」事務局長としての方が有名かもしれません(ちなみにピケティも当初この立ち上げに関わっていました)。

 

こうみると知的にも経歴的にもロザンヴァロンを親玉とする学者のようにもみえますが、2002年にはロザンヴァロンを始めとする「理念の共和国」のグループが、アラン・マンクやピエール・ノラ、マルセル・ゴーシェ、フィンケルクロートといった知識人(批判する本を書いたリンデンベルグの言葉を借りれば「新反動主義者たち(Les Nouveaux Reactionnaires)」)を批判したことで、袂を分かつことになります。もちろんブヴェが「新反動主義者たち」にシンパシーを覚えていたから、というわけではなく、内輪もめに飽き飽きした、と本人は証言しています。

 

ブヴェのスタンスは、彼がずっと社会党の周辺にいたことからもわかるように(左派系のサンシモン財団、社会党シンクタンクのテラ・ノヴァ、今では老舗シンクタンクのジャン・ジョレス財団に所属)、社会党の流派の中では中道に位置しながらも(英流にいえばモダナイザー)、リベラル中間層というよりは、庶民・下層への知的ヘゲモニーを確立することを目的にしているところにそのオリジナリティがあります。すなわち、フランス社会党共産党をライバルにしていたこともあって、歴史的にリベラル中間層・インテリ・公務員をコアな支持基盤としていたわけですが、ブヴェはそうした支持構造を刷新しない限り、国民戦線(FN)の伸張は食い止められない、と判断します。労働者層の最大の支持政党は今ではFNであるという現状があり、そうした支持層を捉えるような政治的ヘゲモニーを展開しない限り、左派はジリ貧になる、というのが意見です。

 

これが具体的にどういう戦略になるかというと、これまでフランスのリベラル左派が触れようとしてこなかった、マイノリティやアイデンティティや治安といったFNが得意とする政策領域に社会党もきちんと正面から取り組み、そのオルターナティヴを提示するということになります。フランス社会党は、強い世俗主義をバックボーンにしていることもあって、アイデンティティ・ポリティクスや移民問題といった、庶民層の関心あるテーマについてはさほど熱心に取り組んできませんでした。それゆえ、そこをFNにつかれた、というのが見立てです。

 

これは彼がアメリカや欧州の他のリベラル勢力を研究してきたことにも影響していそうですが、何れにしてもFNもしくはFNのアジェンダセッティングに対して為す術がないかのようにみえている今の左派にとって、ブヴェのいう「人民/庶民の左派(Gauche Populaire)」は有力な方途のひとつであることは間違いないように思います。日本風にいえば、憲法論議や安全保障だけに特化して物事を論じてきたような左翼ではなく、あるいは自己決定権の追求を第一に置くリベラルでもなく、貧困や生き辛さについて語る言葉を持つ左翼をいかに作るか、という構想といってもいいかもしれません。

 

こうした彼の政治的立場や志向性を理解した上で論考を読むと一層理解が深まるのではないかと思います。