2017年フランス大統領選について(記者会見)。
4月26日に日本記者クラブで「フランス大統領選」についての会見を開いてもらう機会がありました。
ポイントは、1.従来の保革対立が成り立たない「歴史的選挙」であることの意味、2.しかし、それゆえに誰が大統領となろうとも統治に困難を抱え、「歴史的選挙」を成り立たせた問題を解決することはできないだろう、というものです。
内容は同ウェッブサイトで動画が公開される予定ですが、当日配布した会見レジュメも以下に掲載します(著作権上、一部改変あり)。
(ここから)
2017年フランス大統領選「不可能な可能(possible impossible)」はあるか?
吉田 徹(北海道大学法学研究科/フランス国立社会科学高等研究院日仏財団)
1.大きなステイク
〇 欧州選挙イヤーと「権力空白」の回避
〇「グローバルポピュリズム・ドミノ」の打ち止め?
〇 欧州統合の再起動の前提条件
2.アノマリーな選挙(添付資料1参照)
【表1】第1回投票結果(開票率97%、投票率77.3%〔推定〕)
23.86 |
|
21.43 |
|
19.94 |
|
ジャン=リュック・メランション |
19.62 |
ブノワ・アモン |
6.35 |
ニコラ・デュポン=エニャン |
4.73 |
ジャン・ラサル |
1.21 |
フィリップ・プトゥ |
1.1 |
フランソワ・アスリノー |
0.92 |
ナタリ・アルトー |
0.65 |
ジャック・シュミナド |
0.18 |
〇FN候補の過去最高得票率(770万票)
〇二大政党候補者が決選投票に進まない「歴史的選挙」
現職の不出馬
ゴーリスト党共和派(LR)の公開予備選
下馬評を覆す候補者の選出(LRフィヨン、PSアモン)
保革二大政党候補者(既成政党)の凋落
➣大統領2名、首相3名が競争から脱落
➣「少し右、少し左」のマクロン vs.「右でも左でもない」ルペン
〇D7の段階で投票先未決者が25-30%
〇極右ルペンの決選投票進出の確実視
➣ルペンを落とすための実質的な1回投票制へと変質
【表1】投票先の推移
【表2】候補者の<強度>(投票先が確実と答えた有権者の割合)
【表3】シナリオの確定と見通し
〔英エコノミスト誌〕
3.マクロンで決まりは本当か/動員と動員解除の綱引き/ガラスの天井は打ち破れるか
〇支持構造が強固なルペンvs. 本来の支持者ではない有権者を集めなければならないマクロン+低い投票率(cf.2002年)=ルペンの相対的な有利(S.Galamの計算式)
cf.44%が「止む無く選んだ候補者」と回答
マクロン:支持43%、止む無く57% ルペン:支持57%、止む無く43%
〇「二回投票」の制度的特性
➣民意の多元性は逆機能する?
〇極右vs.保革の構図の再現、それゆえのFNの存在理由が更新される皮肉
4.FNの「トランスフォーメーション」(添付資料2参照)
〇創生期(1969―73年)、停滞期(1973―83年)、発展期(1983― 90年)、定着期(1990― 99年)、拡張期(1999年以降)
➣90年代から進展してきた「3分割化(tripartisation)」の帰結
〇ニッチ市場開拓能力高い政党:
創世記:反共主義者、戦中派
停滞期:+権威主義、自営業者
発展期~定着期:+労働者
拡張期:+若者、女性
➣経済左派と文化保守の組み合わせ
〇構造的要因:産業構造の変化(e.g.80-07製造業雇用36%減)、階層没落の恐怖、既成政党のヘゲモニー喪失
〇直接的要因:イスラム原理主義脅威、難民危機、ポスト・リーマンショック期の緊縮
➣21世紀のキャッチオール政党(M.Gauchet)なのか?
➣ルペン:フィヨンの文化保守、メランションの反市場主義、マクロンの目新しさで頭打ち
5.主たる選挙公約(――は特徴的と思われるもの)
スローガン「5年でフランスを立て直す、それが私の公約」
自由貿易協定の廃止、EU条約再交渉、域内派遣労働禁止、原産地規則の徹底、国内公企業の優先、ユーロ脱退、EU離脱国民投票、原理主義的モスクの閉鎖、イスラム原理主義者の国政剥奪と国外追放、諜報機関の強化、無期懲役の実質化、刑務所収容能力拡大、治安能力の強化、警察要員の増大、警官への軍人地位付与、未成年犯罪者家庭への社会福祉停止、軍事費支出GDP2%引上げ、NATO軍事機構離脱、軍事要員増大、NPO設立支援、「ナショナルロマン」の普及、国有財産の転売禁止、男女賃金格差是正、医療空白地帯解消、病院人員強化、医療保険対象拡大、カルト団体支援禁止、政教分離原則徹底、出生地主義の廃止、シェンゲン離脱、合法的移民の上限化、国境の復活、家族呼び寄せ制限、育休の拡大、家族係数の上限緩和、大学入学の競争下、職業教育の強化、兵役の漸進的復活、制服の導入、フランス語教育の強化、シェールガス禁止、原発産業強化、再エネ発展、エネ料金引下げ、労組の統合、中小企業負担慶全、大企業の通販禁止、R&D強化、企業投資基金創設、公共調達でのフランス企業の優先、ニューエコノミー担当省の創設、週35時間労働維持、ソブリンファンド創設、低所得者支援、60歳定年制、定住20年以上の老齢年金引上げ、残業の税控除、外国人被雇用者の課税、CAP基準の改編、高速道路管理の国有化、ネット自由の保証、公営住宅のフランス人優先、公務員の待遇改善、中小企業の税優遇、住民税引下げ、脱税対策強化、源泉所得税の廃止、低所得税の引下げ、VAT引上げ拒否、EU移民政策拠出拒否、中銀の政府ファイナンス解禁
〇エマニュエル・マクロン:文化的リベラル+経済的リベラル
スローガン「新しいフランスを作るために我々の開拓の精神を再発見する」
アンチダンピング対策強化、EU協定における税・社会基準の設定、EU社会政策の調和、戦略産業における外資規制、カナダとのFTA維持、貿易協定の運用監視、中国との協定推進、市民会議によるEU新プロジェクト、EU財政と経済相設置、域内派遣労働の見直し、大IT企業徴税強化、2022年までに財政黒字化、EUでの諜報情報共有、イスラム原理主義者の禁固、医療保険国庫負担の見直し、公務員数削減、租税負担の低下、法人税・所得税引下げ、労働時間再編成、失業保険手当見直し、刑務所収容能力拡大、治安要員の増加、減刑の禁止、生体認証によるID、監視カメラ増強、刑罰訴訟の時限化、EU司法協力強化、第1審判の各県附置、軽犯罪罰則の厳格運営、NPO設立支援、図書館開館時間拡大、欧州版NETFLLIX創設、定年年齢の柔軟化、厚生年金制度再編成、初等教育の自由化・強化、中等教育までの携帯電話持参禁止、大学自治・機能強化、文部科学予算の圧縮禁止、職業教育の拡充・強化、短期兵役の導入、県の部廃止、若者向け文化クーポン配布、政治活動規制、先端技術への投資、国連安保理常任理事国の拡大、ODAのGDP比0.7%引上げ、公職への男女同数登用、パリテの実質化、産休の平等、海外県への投資強化、オリンピック・ゲイゲームス招致、高齢者介護従事者の育成、遠隔医療の拡充、在宅介護の拡充、宗教についての知識普及、攻撃的カルトの廃止、イスラム団体の統合、政教分離担当官の設置、移民の統合政策拡充、経済的移民の定義明確化、難民認定却下対象者の本国移送、難民認定期間の短縮、帰化での仏語能力条件化、FRONTEX強化、身体障碍者支援の拡充、生殖補助医療の要件緩和、低排ガス車購入支援、欧州単一エネルギー市場創成、石炭火力発電所閉鎖、シェールガス発掘禁止、再生エネ支援、原発依存低下、短期汚染対策強化、デジタル情報バンク創設、100億ユーロの投資基金、労使協約の拡大、労組の統廃合、公共部門のデジタル化推進、老齢最低年金引上げ、失業保険の拡大と給付条件化、失業率7%引下げ、CAP改革、環境農業支援、就農支援、インフラ修繕、AI国家戦略、光ファイバー完備、欧州単一デジタル市場、公営住宅増設、所得税の個人化、金融資産一律課税、資産税の不動産限定、議員定数3/1削減、議員歳費課税、外国人の地方参政権の禁止、比例制の部分導入
6.「閉じた社会」vs「開かれた社会」/「ポピュリズム」vs.「リベラリズム」/「グローバル化の勝者」vs「グローバル化の敗者」の対決
% |
マクロン支持者 |
ルペン支持者 |
年齢 |
|
|
18-24 |
31 |
15 |
25-34 |
28 |
24 |
35-49 |
21 |
27 |
50-64 |
22 |
29 |
65+ |
24 |
16 |
職業 |
|
|
管理職・専門職 |
33 |
8 |
事務職 |
25 |
19 |
一般従業員 |
21 |
27 |
労働者 |
16 |
48 |
年金生活者 |
25 |
18 |
2012年投票先 |
|
|
メロンション |
9 |
5 |
オランド |
48 |
7 |
バイルー |
15 |
2 |
18 |
13 |
|
ルペン |
2 |
81 |
〔ELABE 04/17調査〕
1996年リヨン・サミット「グローバル化の光と影」
2005年EU憲法条約国民投票での「周縁のフランス(France péripherique)」の発見
2017年「リベラル/グローバル/個人」vs.「権威/ナショナル/共同体」の対立軸
7.工業社会の政治構造からポスト工業社会の政治構造へ?
〇「2つのフランス」の入れ替わり?:「左派」vs.「右派」から「国家」(社会保障、年金、安全保障化)vs「グローバリズム」(個人、能力、ポータビリティ)の対立へ?
cf 社会党+ゴーリスト党総得票%(大統領選):43.8%(81年)、54.1(88年)、62.7(95年)、36.1(02年)、57.1(07年)、55.8(12年)、26.3(17年)
〇「フランスの未来はどちらかというと明るい」マクロン支持者71%
「フランスの未来はどちらかというと暗い」ルペン支持者72% 〔IFOP調査〕
cf「次世代の状況について」トランプ投票者「より悪い(63%)」vsクリントン投票者「より良い(59%)」
➣属性・所得・世代以上に「2つの世界」の格差であることの憂鬱
➣「非リベラルな民主主義と非民主的なリベラリズムの台頭」(Y.Mounk)
8.今後の展望―下院選挙(6/11-18日)の不確実性
〇2015年地方選の再現でFNは少数派に?
〇社会党は低迷、保守派の持ち直し?
〇「前進」(マクロン)は65候補者擁立/第2のジスカール=デスタンになる?
二回投票制の制度趣旨の無視は、統治を困難にする
➣「コアビタシオン(保革共存)」or フランス版「ハングパーラメント」
➣首相が楯突いた時、大統領は無力になる(ドゴール)
➣何れにしても「2割民意」の政権運営を迫られる
➣イギリス、アメリカとの差異
〇<敢えての>ワーストシナリオを予想すると・・・
(以上)