10 Mai : 1848? 1981?

フランスの2006年の5月10日は、「奴隷解放の日」ということで、関連行事が沢山行われた。

2001年に、奴隷制は人類に対する罪とした通称「トビラ法」が施行さらたのが5月10日だからである。

ユマニテについてのイニシアティブでしかポイントを稼げないシラク大統領が制定し、植民地問題でみそをつけていた与党も賛成した。奴隷解放が行われたのは1848年の4月27日だから、特段5月10日に制定する理由はない。

しかし、ついこの間まで5月10日といえば、25年前のフランス第五共和制で初の左派大統領誕生の日として記憶されていた。「5月10日」は、ミッテランの当選と社会党による政権交代の、合言葉だった。

社会党は、理念からこの新しい5月10日の記念日には乗らざるを得ない。
それ以上に、感傷と悔恨と思惑を呼び起こす「ミッテランの5月10日」
を葬る良い言い訳にもなる。

今年は、地元でつつましい記念式典が行われるだけだという。
四半世紀という時間は残酷でもある。

M.クンデラが「不滅」で描いたパンテオンでの就任式で、奴隷解放の父であるV.ショエルシャーの碑石にバラの花を飾ったのはミッテランだった。