「ワインと外交」

ワインと外交 ワインと外交
西川 恵 (2007/02/16)
新潮社

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以前書いたレビューですこぶる好評だった『エリゼ宮の食卓』を著した西川恵氏の新著『ワインと外交』(新潮新書)が出た(横手さんえらい!)。

今回はコンパクトな新書であるし、二作目であるし、さらにもはや現役の特派員ではなく外信部長というデスク職になってしまったこともあり、以前ほどの意気込みは感じられない。
特に、この種の本を書く場合、3つ目のファクターはとても大きく響くのではないかと思う。自分でその場に居合わられないもどかしさ、伝聞や他社の配信記事に頼らざるを得ない後ろめたさ。文章にもその苦労がにじみ出ている。

それでも、今回はフランスに加えて、日本、中国、韓国のアジア外交、ロシア・クレムリンとアメリカ・ホワイトハウスでの饗宴に関するエピソードが加わったことで、ボリューム感が出て、とても上手にマイナスを補っている。ナポレオンの大陸封鎖とエスプレッソ、ビスマルク・ステーキとドイツ近代化、クロワッサンとオスマントルコなどといって食い物で釣って政治史を展開しているボクとしてはいずれにしても必読書なのである。

もうひとつ残念な点があるとすれば『フォーサイト』での連載をもとにしているということもあって、氏が独自に開拓した「食と外交」という視点=分析視角の奥行きがなくなってしまったことだ。
もちろん、新書(それも新潮新書だし?!)という媒体の制約もあるかもしれないが、外交における食の位置づけ、という「本筋」についての思う存分に展開してほしい、という期待は今回もまた裏切られてしまった。ちなみに「ワードローブと外交」という分野を開拓した中島渉の『外交フォーラム』での連載もその感がある。
もちろん、外交や政治において「本筋」となるのは国益であり、パワーであり、アイディアや個人関係だったりする。ゆえに、食事や衣服は「プロトコール」であり、そこから本筋をかいま覗くことはできてもその逆はできない。それはフェティシズムにしか過ぎないといわれてしまっても仕方ないかもしれない。

本書の芳醇かつスパイシーなブーケ=エピソードをここで書いてしまうのは勿体ないので、他のエピソードにもって代えてみたい。
1965年に、ド・ゴール大統領によるいわゆる「空席危機」が起きた。これは、欧州委員会が財源確保とイニシアティブの権限を高めようとしたものだったのだが、超国家主義を忌み嫌うド・ゴールがブラッセルから各代表団を引き上げて、ボイコットした。他方では、農民支持のため農業財政(=CAP)の規律化を回避したいというド・ゴールのしたたかな戦略もあったのだが、いずれにしてもここでEEC設立を迎えたローマ条約以来の、欧州統合最大の危機がヨーロッパを襲ったのである(これについては最近、川嶋周一さんの『独仏関係と戦後ヨーロッパ国際秩序』創文社、という超一流の研究書が出ました)。

独仏関係と戦後ヨーロッパ国際秩序―ドゴール外交とヨーロッパの構築 1958-1969 独仏関係と戦後ヨーロッパ国際秩序―ドゴール外交とヨーロッパの構築 1958-1969
川嶋 周一 (2007/02)
創文社

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と以上は、まあ教科書的な話なわけだが、この空席危機に困ったのは独伊蘭ベルギーといった他の加盟国だった。ボイコットされてしまえば、アジェンダはストップする。フランス以外の加盟国の代表団連中は理事会の裏にある部屋で暇つぶしのためにスコットランドモルトで談論するしかなかった。「敵国」のワインを飲む気にはならなかっただろうし(そもそも食事以外の時にワインを飲むことはない)、英国は未加入だから彼らにようにちびちびとパイントを空けるような芸(ブラッセルといえども、そもそもビールのステイタスは低い)もない。飲むとしたらやはりウイスキーになるのである。酒を飲み交わすうちに相互信頼が出来上がり、ついにフランス「包囲」戦線が出来上がって五分五分の勝負に持ち込むことができたのである。これが翌年の「重要な利益」については全会一致で決定する、という『ルクセンブルグの妥協』へと帰結するわけである(きちんと出典をあげておくと、これは空席危機について徹底的な史料漁りをしたPiers Ludlowという人から聴いた話に若干解釈を加えたものです)。

食や酒や、あるいはワードローブも人間を媒介する手段である(誰も指摘しないが小泉-安倍が平壌に乗り込んでいった際におにぎりをほおばって済ましたというのはこの点どうなのだろうか)。そして政治や外交が人間を媒介するものである以上、両者はコインの表裏なのである、とまとめることができるのではないだろうか。その原理を説くことがフェティシズムだとは決していえまい。

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