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道新に寄稿した映画「ハンナ・アーレント」評です。

 クリスマスの今日の北海道新聞の夕刊文化面に「映画『ハンナ・アーレント』が問いかけるもの――何が「善」であるのか」という文章を寄稿しました。アーレントは政治思想家・哲学者としては二流かもしれません。しかし、それゆえ彼女にしか描けないものがありました。そんな問題意識です。

 原則として、有料の紙媒体に書いたものは自分のブログ等には転載しないことにしているのですが、これは自分の文章というよりは他人の作品でふんどしをとったようなものですし、1人でも多くの人に映画を観てもらいという趣旨ですので、禁則を破って以下に転載します(厳密には同じ文章ではないのですが)。



「映画『ハンナ・アーレント』が問いかけるもの――何が「善」であるのか」
(『北海道新聞』2013年12月25日付け夕刊)

 映画「ハンナ・アーレント」は現代に何を聞いかけているのか、言い換えれば20世紀を生きたアーレントの現在性(アクチュアリティ)はどこにあるのか。

無思考が生む「陳腐な悪」

彼女がナチ残党のアイヒマンを通じて描写した「陳腐な悪」は普遍的な問題である。

 アーレントは「彼は常に法に忠実な市民だった」とアイヒマンのことを評する。民族を抹消するという、かくも残虐な行為を支えたのは、ユダヤ人に対する憎悪などではなく、私益を満たすその行為に何ら疑間も持たず、上層部の指令に唯々話々として従うという合理的な「無思考」にあったのだ。多数のユダヤ人が強制移送される日にアイヒマンが気にしていたのは、上司からの覚えがめでたいかどうか、昇進のチャンスがあるかどうかだけだった。

 アーレントは、アイヒマンは道徳心を持たないから悪人となったのではないという。彼は自分が道徳的な人間だと世間から思われたいと努力して悪人になったのだ、と。不正融資、食品億装、横領といった非道徳な事件は、巨悪から生じるのではない。それは個人から思考を奪い去ってしまう組織の論理や、忙しい日常と私たちがすっかりなれ合ってしまうことで、「何が正しいのか」ではなく、「正しく行うこと」だけに心を奪われることから生じる。

 では、どうしたら人は正しい判断力を持つことができるのか―― アイヒマン裁判をきっかけに、晩年のアーレントはそれまでのように全体主義的な「悪」を描くのではなく、「善」が何であるのかを探求していくようになった。

 不安な時代に孤独で自滅恩師で愛人、そしてナチスとなったハイデガーの哲学を批判的に受け継いだアーレントの解答は以下のようなものだった。人は「世界から見捨てられている(ロンリネス) 」ゆえに、正常な思考を失い、自滅していくのだ、と。

 アーレントは第1次世界大戦後に青春時代を迎えた「不安の世代」に属した。彼女が著書『全体主義の起源』で描いたこの時代は人々に共通した経験も失われ、確固としたものが何も見いだせない時代だった。ハイデガーの言葉を借りれば、人々はみなが「故郷喪失者」となったのだ。そして、だからこそ出来の悪い、わかりやすいイデオロギーや政治シンボルにいとも簡単に吸い込まれていくことになる。

だから映画の中でアーレントは何よりも「見捨てられること」を極端に恐れている。

 それゆえ、人は他者と「世界を共有」していかなければならない。しかし全体主義を生んだ民族主義も合理主義も人々の生存をもはや約束できないなかで、人の孤独はどのようにして癒やされ、克服されるというのか。劇中、たばこをひっきりなしに吸うアーレントは紫煙でその孤独を埋めているかのように見える。

政治に参画する

 アーレントは紫煙の先に、人は人と人の間にあって初めて存在すること、つまり多様な人々によって実践される公的活動を通じて、人は孤独を癒し、自由を得るのだという解を見つける(著書『人間の条件』)。カントが言ったように他人を手段ではなく目的として扱うこと、そのような関係の輪のなかで、人は他者とともに世界を創り上げる政治に参画し、政治を通じて自由になるのだ、としたのである。

 アーレントは、人のことを抑圧された労働者としてしかみなさないマルクス主義や反権力を振り回す文化左翼を批判した。それは、人はパンのみに生きるのではなく、また、権力を他人とつくり上げることで解放される存在であるからだ。こうして「活動」、「複数性」、「公共性」がアーレント思想のキーワードとなっていく。

 このようなアーレントの思想は、ハーバマスやアントニオ・ネグリ、丸山員男、藤田省三といった思想家に大きな影響を与えてきた。それはアーレントという思想家が急進化する政治と多様化する社会を生き、そのような時代に「善」はいかに成しうるのかを考え抜いた人物だったからだ。アーレントが直面した「悪」が生み出されている時代を生きる私たちにとって、この映画が問いかけるものは大きい。そして、その続編は私たちにかかっている。

(よしだ・とおる= 北大公共政策大学院准教授)


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