「ためにする」議論とは。

最近、どうも政治評論(ここには積極的・消極的の2つの意味があります)に力が入ってしまっているのですが、『週刊現代』からもお話を戴いてしまいました。http://online.wgen.jp/
15日(一部地域は17日)発売の特集にコメントを寄せています。私の住んでいるところはこの「一部地域」なので、まだ確認できていないのですが、この27日号のグラビアは大原麗子さんでした(先週のグラビアの方がどちらかといえば好みです)。

さて、週刊誌といえば、同時に「週刊AERA」からも取材を受けました。その内容も、「ミッテラン社会党政権」。
実は、以前から少し気になっていて、まとまった形で反論しようと考えていたのですが、最近竹中平蔵氏が、しきりに80年代初頭の初期ミッテラン政権に言及しています。
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20100113-02-0501.html

曰く、今の民主党政権の「ばらまき」は81年に成立したミッテラン社会党(正確には社共)政権に類似しているが、ミッテランは経済のグローバル化という現実を受け止め、政策的な転換を行ったゆえに長期政権になった、というのが論旨で、上記の記事のほかにも報道番組などでも言及しているのを耳にしたことがあります。

おそらく元ネタは、読売新聞の元パリ支局長の池村俊郎さんが書いたこの記事にあるのではないかと踏んでいます。
http://www.chuokoron.jp/2009/10/11.html

上記インタビューでは、大概以下のようなポイントでお話しました。

1. 「経済的次元」のみを強調してその他の社会的次元を無視した議論であること(死刑廃止、公務員改革、労組のエンパワーメントなどの功績を無視することはできない)
2. 経済的な自由主義(=デフレ策)をとったのは事実だが、それが欧州統合の進展や制度化、独仏タンデムの復活とバーターになっていたという文脈を無視してはならないこと
3. ミッテランの任期とは関係なく(そもそも大統領制と議院内閣制は同列には論じられない)、むしろ経済的不況を招き、極右進出のきっかけも作ったように、失業増を招いたように、むしろ「失策」であった側面については評価が分かれていること、
4. GDP(竹中氏はGNPとしてますが、GDPです)で2割近くも国有化したような大規模な経済改革と民主党政権のそれとを比べることは不適切であること、
5. 当時の政権は政治社会経済を含む広範な「構造改革」を目指していたものであり、民主党政権が実施しているようなピースミール的な改革とはリーダーシップの構造を含めて全く位置を異にすること、

以上の5点です。簡単に言ってしまうと、ミッテラン初期政権における社会主義の放棄と欧州統合と文化的・社会的解放の次元はセットで考えるべき、ということです。来週号で取り上げられているかもしれません。

確かに多くの歴史家は、「歴史」そのものとは訓詁学的な価値だけでなく、現代におけるインプリケーションを含んでこそ「歴史」としての価値を持つと説いています。今のギリシャ金融危機をひいて「明日の日本だ!」とする議論もそうですが、自分の政治的主張を通すために、過去の歴史や他地域の事例を引いてきて説得的な議論を展開するためには、相当なセンスと文脈を踏まえた上での位置づけが必要になってきます。そうでなければ、単なる「ためにする」議論に終わってしまいます。

もちろん、竹中氏のみならず、その他の多くの社会科学者も、過去の事例を明示的にせよ、暗示的にせよ、引き出してきて、現状批判のための道具として用いることはよくあります(私もします)。その「作法」については、問題視するつもりはありません。歴史は誰かに独占権が与えられているわけではないのですから。

しかし、これはわかり易い説得の術であると同時に、危うい前提のもとに立っていることも事実です。例えば、2005年「文藝春秋」で中西輝政氏が「宰相小泉が国民に与えた生贄」と題した論文で、英国ロイド・ジョージと小泉純一郎を比較していることも同様でしょう。

こうした事例は、わかり易い上にどこか知的な雰囲気も漂うので、特に(保守?)論壇では受け入れられ易くあります。私自身も、学生相手にヨーロッパ政治史を教えるのに際してイメージを持ってもらうために引用することもあります。

他方で、イスラム研究家の池内恵さんが以前どこかで日本で他国や他地域の「地域研究者」をやることの意義を説いていたことを思い出します。すなわち、地域研究者はその地域や時代や土地の「文脈」を踏まえて、これを他領域へと伝達して、「適切」な議論とするようガイドすることである、と(もちろん、この「適切」さがまた議論の的になりうるわけですが)。この「地域研究者」を「歴史家」や「政治史家」と置き換えてもいいのですが、そのような機能を果たすことも、「政治評論」に加えて「地域研究者」であることの意義だと、考えています。立場を異にする専門家による不断の検証や疑義を乗り越えてきたものこそが、みんなの歴史になるのですから。

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