微熱−愛と革命の日々(Gymnaslasrer Pederesen)

微熱 愛と革命の日々微熱 愛と革命の日々
(2008/01/18)
クリストッフェル・ヨーナル、アーネ・ダール・トルプ 他

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フェリーニの「女の都」を思わせるオープニングから、秀逸な演出と映像で1960−70年代のノルウェーの「革命時代」を描く。

いけてない内向的な男性闘士と明るく開放的な共産主義者とのラブストーリーは、(「党紀第12条第1項」による!)二人の離別と(「第三次世界大戦」を目前にした!)小さな革命を機に、両者の立場が徐々に移り変わっていく。

「68年」の描き方は監督それぞれだ。

ベルトリッチの「ドリーマーズ」のように個人的なオマージュに包まれる場合もあれば、「ベルリン、僕らの革命」のように未熟さを意識的にあげつらう場合もある。

モランド監督によるこの作品は、あくまでも68年時代をガジェット的に演出しつつ(これが素晴らしいセンス)、革命で失われていくものを浮かび上がらせようとしているように思える。
それゆえ、前半との落差もあってかなり救われない結末は、予感的なものになってしまっている。

そう、セックスの最中に「同志!」と叫ばせてしまうような革命は、やはりどこかで間違っているのだ。しかし、革命のエネルギーは私的領域への侵入と奉仕によってでしか担保できない。その矛盾を先鋭化していく過程がそのまま高校教師と女性闘士のすれ違いにパラフレーズされていく。

「あなたは何もわかっていない。あなたは何もわかってる。」
最後までアンビヴァレントなままに留まることが愛の勇気となり、それが政治的にも正しいということを伝えるこの高校教師の話を、教室の高校生たち=私たちは理解しただろうか。