援助貴族は貧困に巣食う。

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夕張「応援映画祭」が開催された。
「応援」するなら、もっと良い映画があるだろうに、という突っ込みは
ともかく、映画好きとしては喜ばしい。

春が来れば、プロ野球も相撲もやってくる。
市民団体も行ったし、会社もずいぶんやってきた。

最近、地方開発系関係者と話していて「猫も杓子も夕張、夕張。中央政府も夕張をどうにかしろ、といい、企業は進出するのだからコストを負担(=値引き)しろという。そんなことをしたら地方行政はめちゃめちゃになる」と言っていた。
省庁は「夕張」といえば予算がとりやすくなるし、企業は「夕張」といえばイメージが上がる、というわけである。

そんな話を聞いて、少し前にベストセラーになったG.ハンコックの『援助貴族は貧困に巣食う』という名タイトルを思い出した(ちなみに『神々の指紋』の作家ですね)。

国際機関は世界で貧困を「発見」するとシンジケート・ローンを組んで、国際世論に働きかけて、国連システムの中で自らの予算を増やそうとする。そして次の貧困の「発見」に躍起になる。
要請主義たる日本のODAでも、フィージビリティだけやって相手にサインさせて一丁あがり、という批判はずいぶん昔からあった。

この延長線で、夕張問題とはその実日本国内における「南北問題」であると考えると問題の構図がクリアになる。

廃坑後の「復興予算」を当て込んで、民間銀行が政府担保があるという理由だけで貸付けで市をジャブジャブにしたというも構図もそっくりではないか。

「善意」で夕張に応援団がどんどん入るのは一律に唾棄すべきことではない。しかし、どんなに「応援」してみたところで、南北問題が一向に解決に向かわないことを考えると、暗い気持ちになる。

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