箱館とフランス人のラスト・サムライ。

ペリーの黒船に驚いた徳川幕府はかの蝦夷地に「箱館奉行」を設置したのが安政1年。「ハコダテ」が当時また「箱館」だった時代。
奉行は貿易の要の地として、艦砲の届かない距離に城塞の一種である「五稜郭」を作り、これが箱館統治の中心地となったのが元治元年。

時間は飛んで慶応4年。この年に戊辰戦争が勃発した。日本の中央集権化と近代国家へのの分岐点である。旧幕府軍は江戸会戦を得て徐々に追い詰められ、箱館へと逃れて明治政府を追い出して蝦夷共和国五稜郭で設立することになった。これを討伐する際に戦われたのが「函館戦争」だ。以上は日本史の若干のおさらい。

さて、土方歳三も属したこの旧幕府軍の歩兵部隊を率いたのがジュール・ブリュネを指揮官とする5人のフランス人将校だった、というのが本筋である。彼らはナポレオン三世の世界戦略の一環として江戸幕府に軍事顧問団として派遣されていた。そして、明治政府発足を前に本国召還の令を無視して榎本武揚率いる旧幕府軍と行動を共にするのである(※1)。いわば、「ラスト・サムライ」はアメリカ人なんかじゃない、実はフランス人なんだ、というのを今回の函館旅行で知ったのだった(※2)。

※1:このブリュネはしかし、その後数万人の死者を出したパリ・コミューンの鎮圧に参加したともいわれている。実際は明治政府を支援した英米に対する代理戦争という側面もあるだろう。蝦夷共和国という祝祭の政治に感銘したわけではないだろう。
※2:そういえば、R・クロウが主演した「マスター&コマンダー」も、原作は米独立戦争という設定だったのに、いつの間にか英仏戦争にすり替わっていた。

現代における「ラスト・サムライ」をボクは知っている。それは、函館に1954年に来たフランス人のフィリップ・グロード神父である。実は今回函館に行った目的のひとつはこのグロード神父に会うためでもあった。神父は、道内で唯一の特別養護老人ホーム「カリタスの園」の理事長として、もうすぐ80を迎える現在でもチアフルそのもの、童心を忘れず、「老後はバカンスそのもの」という姿勢を貫いている。どこか、いたずらっぽい、人を笑わすのが大好きだけど、人間の本質を大事に、直裁な物言いをすることを忘れない。

グロード神父は80年代末から、五稜郭で行われている「市民創作函館屋外劇」の発案者であり、実行委員長でもある。そもそもこの五稜郭はフランス絶対王政時代にフランス各地・植民地に作られた要塞をモデルに
したものでもあった。そこに神父は自らの故郷のビディフの古城で行われる野外演劇を持ち込んだ。

フランスと函館、そして征服する者とされる者との因縁浅からぬ関係に想いを馳せた、という次第である。

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