欧州化?

2005年度 日本政治学会研究大会(明治大学、10月1-2日)

分科会2「ヨーロッパ化(Europeanization)の政治」

網谷龍介(神戸大学
「国家構造、国内規範、政党政治?----平等処遇指令の国内立法化の独墺比較にみるヨーロッパ化のダイナミクス---」

吉田徹(日本学術振興会特別研究員・東京大学
「ヨーロッパ『浸入』による機会構造変化―フランスの公共政策を事例に」 

討論:近藤康史(筑波大学

司会 平島健司(東京大学

*以下レジメ*
日本政治学会「ヨーロッパ化の政治」報告レジメ 2005/10/01
「ヨーロッパ『侵入』による機会構造変化―フランスの公共政策を中心に」

1.はじめに―「ヨーロッパ化」の位相と研究アジェンダの「再装填」
・「ヨーロッパ化」概念そのものは70年代から存在
 →「ファッショナブル」な存在に
・比較政治学における最も包括的な定義
 「欧州統合の政策と政治によって形成されるルール、手続き、政策パラダイム・スタイルの言説・規範などが政治構造に編入されるプロセス」(Radaelli)
 →増大する「ヨーロッパ化」研究:欧州統合の「第二の波」(ホルザッハー/ハヴァーランド)
  代表例:ブルゼル&リッセによる「ミスフィット」「グッドネス・トゥ・フィット」
 →しかしVetoPointsの特定等の静態的分析が主流
 ⇒アクターの認識や社会化を変数とした動態的分析の必要:「ヨーロッパ化研究の再装填(リロード)」
 ⇒本報告でも政策革新主体であるフランスの官僚組織に焦点
  含意:「EU政策の国内への移転」→国内アクターによって自主的に加速される余地
 (但し政策領域、時代、国によってヨーロッパ化の影響とモードは異なる)

2.フランス−EU関係の再定位
・フランスの欧州統合に対する是非はサイクルを描く(創世記:好機→80年代前半:脅威→80年代後半:後期→90年代前半:脅威)
・「ヨーロッパ化」の側面においては「受動的」かつ「非戦略的」:脆弱
 →単一的国家(Unitary State)という構造的要因に加えて…
 ⇒欧州統合の積極的受容はテクノクラート・官僚組織が中心、政策革新も彼らが原動力
 ⇒欧州統合に対する政治的正当性を与えるメタディスクールが不在(V.シュミット)
  「ミクロな革新の積み重ねを政治が集約できない」(ブロッシュ・レネ)

 2.1概念の提示
・新たな政策空間に直面する政策共同体は「知的創造」と「社会化」へと傾斜(ジョベール)
 →他アクターの選好・新たな制度的配置を予期できないため
 →間主観的世界の形成と役割に基づく行為(社会学の象徴的相互作用論)
 ⇒制度とアクターの相互作用に注目(エージェントか制度かという二者択一を回避)
・ 問題発見と解決のための「座標軸(referentiel)」が形成される(Muller)→(Goldstein&KeohaneのWorldViewsと同義)
 類似の見方(+時間軸):P.Hall
 →政策アクターは?「社会学的」に政策パラダイムを発展させる→?新たなパラダイムに沿った政策ツールを発展→?「全面的なパラダイム転換」
・ こうしたプロセスの中での権力的側面を認識する必要性
 ⇒多元主義的な制度配置の中で、より良く対応できた政策共同体がパワーサイトとして突出、
  ヘゲモニーを拡大させていく
 →政策ネットワーク論/アドヴォカシーコアリション論とは異質な点
 ⇒新たな座標軸/世界観が創造される過程で「意味創出/剥奪」の権力を持つ
 ・以上がフランスの「ヨーロッパ化」にどう作用するか

 2.2 フランスにおける公共政策のヨーロッパ化
 ・フランスの公共政策の特徴:?政策過程における国家の中心性、?補完的なセクター・コーポラティズム、?地方に対する中央政府の優位性
 ・欧州統合←→国家間の利益媒介でも国家・官僚機構が支配駅
 →官僚組織自体も集合的協調を欠いたミリュー(クロジエ)
 ・EUの政策過程は?開放的、?柔軟、?不均質(シュミッター)
 →フランスの公共政策過程/「政策スタイル」(J.リチャードソン)とは非整合的?
 ・SGCI(省庁間委員会事務総局)の存在:比較研究では「効率的」との評価
 →しかし省庁間の対立事項や領域横断的な場合、調整能力に限界との実証研究も

 2.3「脅威」から「チャンス」へ―METLの場合
 ・ケース:設備・運輸・住宅省(以下METL)(インサイダー調査『欧州に退治する官庁』2002年)
 →METL:公共事業の担い手、地方政府との結びつき、「マフィア的」な官僚組織
 
 a.運輸市場の自由化―ハビトゥスの変容
・EC共通運輸政策の進展(カボタージュ規制廃止、オープンスカイ政策、共通鉄道政策等)
→運輸部門官僚:「オペレイター」から「レギュレイター」へと自己認識の変化
→具体的な「生産」「バーター」といった手段から「ルール」「制度」を通じた環境整備へ
 直接的関与は安全問題のみに
⇒「セクター」としての正当性から「機能上」の正当性へと変化
⇒ネットワークではなく、規範やルールへの依存 〔ヨーロッパ化の第1段階〕
・組織内文化変容と亀裂の発生
→METLのリクルートメントの母体:?ポンゼショセ(国立工科大学院)?国立国家公共事業院?国立行政学院?技官、異なるメンタルマップの発生
???:技術/地方行政官僚群(スペシャリスト):EUは邪魔で理解しにくい存在と認識
??:中央行政官僚群(ゼネラリスト):EUは行政機構近代化と国家権限の拡大と認識
⇒EUによる脱領域的な影響、組織内の「ハビトゥス(心的諸傾向の構造)」(ブルデュー)が変容 〔ヨーロッパ化の第2段階〕

b.公共調達部門の自由化―新たな座標軸の形成
 ・1992−93年公共調達部門の自由化・調和に着手
 →当初コスト回避のために「無視(inertia)」→随意契約行政裁判所違憲と判断→自由化の積極的受容
 ⇒機能の再定義と権限拡大へと傾斜
  省内で周辺にあった都市・住宅・建設局が「パブリック・エンジニアリング」をスローガンとして省庁間委員会を発足、公共調達市場改革のリーダーシップをとる
 →地方行政に軸を置く組織形態から中央集権型になるというパラドクス
   ←直感的にはMLG論=多元主義とは結論を異にする
 ・「脅威」としてのEUから「チャンス」としてEUを認識 〔ヨーロッパ化の第3段階〕
 ⇒フランス行政の近代化と官庁の相対的後進性を挽回する契機
 →アンケート結果(501人の高級官僚対象):欧州統合は権限を拡大させる・行政の近代化の梃子となる(←対外関与大きい省庁ほど評価)
 ⇒マクロにおいてEUは各国を道具化、ミクロでは各国執政集団がEUを道具化する共犯関係
 ・「座標軸」はヨーロッパを前提としたものへと変化(“アップロード”の段階)
 ⇒ヨーロッパ化によって利益そのものの定義が変容、パラダイムも変容
  事例:公共サービス(公役務)概念
 →「経済公共利益サービス」、欧州憲法草案第3章122条として実現
 ・同様にフランスの欧州競争法に対する受容も進展、EU指令積み残しも減少傾向に
 ・ENAも94年から共同体講座を設置、外国人卒業生に免状を発行
 →欧州ネットワーク「パリ→ブラッセル→パリ」回路:国内改革の梃子としてEUを利用
   ←EUを最も活用できた政策共同体がパワーサイトとして権力を奪取
 →政府報告書:89年「フランス行政は共同体を無視」→2001年「官庁の特異体質を超えたトランスナショナルなコアリションが完成」
 小括:ヨーロッパ化で、管轄省庁の変化生じる→機能変化によって組織内文化の変容が生じる→ヨーロッパ化を利用できた政策集団ヘゲモニーを確保、ネットワーク化の完成

3.おわりに―政策に対峙する政治
 ・欧州統合は「委任による政治」、専門機関・テクノクラートによる行政的効率性の実現
   ←マヨーネ「アウトプットによる正統性」論
 ・EUによる座標軸/パラダイム=政策的規範の形成は未だ脆弱
 →ホールのいう「パラダイム転換」はなされていない
 ⇒結果的に「経済的リベラリズム」のコアリション・ディスコースが支配的に:フランスにおいては政治的支持の対象とはならない→政治家にとって非難回避戦略が合理的に
 ⇒官僚群においてはアドホックかつ個人レベルでの座標軸形成しかできない
 ・ヨーロッパ化による一国内における「民主主義の赤字」が進展
 (委任による政治→匿名の権限拡大→民主主義の赤字→結果的には体制に対する不満の蓄積)
 ・5月の欧州憲法条約に対する国民投票否決もこうした文脈から捉えられる可能性